2007年08月16日 Thu

コメント返信No.0066

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まなみんrudolf2006さん,コメントどうもありがとうございます。
(◆原爆と世界:証言を聞く|◆普遍|+追記)
 

原爆と世界:証言を聞く

まなみん (コメント全文)
まなみん,どうもありがとう☆
> というか、「正しい」歴史なんて存在しません、
> 全部、1つの「説」であり、「見方」です。
(中略)
> その中でどの資料を使うか、
> どちらの国からの視点で書くか、誰の視点から書くか…
(中略)
> 限りなく客観的にしたいと思っても、やっぱり限界があります(社会科学全般がそうだと思うけど)

まさしくその通りだよ。
社会科学といわず多分ほとんどすべての事象に同じことが言えるのだと思う。
結局,人間にかかっている。
正義とか絶対悪とか,決めるのは人間で(それもきっと一部の),本当にそれが「正しい」か,いつまでも議論が続くんだ。
それが多様性なんだと思うけど。
> 最後にオーストラリアでの原爆の報道のされかたをちょっとだけ。
> 8月15日の新聞には、キノコ雲の絵とともに原爆の特集が組まれておりました。
> 「日本はオーストラリアにも攻撃してるし…『しかたがない』という立場なのかな?」と
> 思っていたけれど、逆でした。
> 私は一社の新聞しか見ていないので、その新聞社だけ
> そういう立場を取っているという可能性も否定できないけれど
> ホストファミリー・先生も同じ立場でした。

多謝!m(__)m
どんな内容かは詳しくわからないけれど,新聞はもう本当に大きく「色」を持つメディアだから,たまたまであるかもしれない。けれどそういう報道がされている事を知れてよかったよね。
教育の力は大きいから,小さいときからどんな思想の下でどんなふうに教育を受けたかによって人の考えも変わるでしょうし。
> 教科書でも、小さいけど原爆のことはしっかり書いてあります。
> (手元にあるから、見たかったら言ってね〜)

多分前にも言ったけど,見たいから見せて〜!
あとまなみんのTWも是非。


普遍

rudolf2006さん (コメント全文)
ありがとうございます。
> 城山三郎さんが生前に語った言葉ですが、「この前の戦争で日本が得たものがあるとすれば、それは、憲法9条だ」と繰り返し言っておられたそうです。
戦争で得たものですか……。
その発想の転換はなかなかできないものですよね。
あの戦争がなかったら平和憲法が手に入らなかったのか,と考えるのは勇気が要ります。
> (前略)たとえ、その脅威があったとしても、その脅威を取り除くには平和的な方法しか手段はないと思います。(後略)
脅威を脅威と呼ぶ時点で「視点」と「感情」の転換がなされているのでしょうね。
「敵」とか「味方」とか,「脅威」とか「同盟」とか,その時点で感情的に区分けしている気がします。
真剣に親身に話をし,通じ合えることが一番ですよね。
> 私は、パール判事と同じ意見でして、事後法で犯罪を裁くこと、これはできないことであろうと思います(現憲法でも禁止していますね)、ですが、戦争の責任がなかったか、といえば、A級戦犯の方々は、戦争責任というか、アジア諸国の人々、及び自国民に多大の被害をもたらした責任は逃れられないのではないでしょうか?それに、その政策を支持していた国民にも多大の責任があると思っています。
そうですね。
遡及処罰禁止の原則に則れば,パール判事の言うように,あの裁判で被告を裁くことは出来なかったはずです。
ニュルンベルクの裁判で先に戦争犯罪の3原則が示され,それが東京の裁判にも引き継がれたと言っていました。
(ニュルンベルク裁判のドキュメンタリーは明日NHKBSで放送されるそうです。)
「被害をもたらした責任」は,訴える側が国民や被害者でなければやはり成立しないのでしょう。


新しい見方や知識の共有をここで許してくださる(コメントに残してくださる)皆さん,本当にありがとうございます。
文章が下手で,気持ちが伝わらないのではないかと危惧しておりますが,いつもいつも本当に感謝しております。
ありがとう。

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*(以下2007年08月18日01:22 記)
rudolf2006さん追加でコメントありがとうございます。こちらこそごめんなさい。大丈夫です。そういう意味できちんと捉えてのあの(わたしの)コメントです。
あの戦争が仮になかったら,戦争という道を1度も味会わなかったら,平和憲法と言われる憲法は絶対に出来なかったのか,という色々あり得そうにない仮定の下の発想の転換です。
そうですね。「折り合いをつけようとして」かもしれませんが,そのような視点をもつことも,「得たもの」の価値を考える上では,(多少危険で,紙一重ですが)役に立つのではないかと,そういう意味でもあります。
難しいと思います,こちらこそ言葉が足りず申し訳ありませんでした。ありがとうございます。
posted by Yuppy at 23:47 | Reply | Comment(1) | TrackBack(0) | BlogMURA
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この記事へのコメント
Yuppyさま こんばんは

少し説明が少なかったかもしれません。
城山さんが言いたかったことは、「戦争は何も良いことはなかったが、もしあの戦争で得られたものがあるとすれば、憲法9条だけではないか、だから、その憲法9条を大事にしたい」という意味であったかと思うんですよ。
軍国少年として、軍隊に入隊されて、幻滅し、その後で、何とか自分の気持ちに折り合いをつけたいと思い、そう仰っていたのではないかと思うのですが〜。説明不足であったと思います。

申し訳ございません。

ミ(`w´彡)
posted by rudolf2006 at 2007年08月17日 17:14
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