2007年09月11日 Tue

世界は変わったか

普通に過ごせてしまう人も多いだろうが,今日は9月11日だったのである。
9.11と書けば分かるか,あのテロのあった日だ。
 
今わたしは,武力行使・テロ・戦争・平和などについてちょうど勉強をしている真っ最中で,(日本時間ではあるが)9月11日という日に,2つも関連する授業があったので,どちらかで先生がとりたてて直接触れてくれるのではないか,と思ったが特にそんなこともなかった。
(ただし宿題で出されたreadingにはばっちり書いてある)

世界中で言われているほど,「あの日」から世界は劇的に変わったのか。

普通じゃありえないこんな命題を建ててみて,それから世界中で起こった事を回想してみる。


「あの日」,わたしは特にアメリカにいたわけでもなく,自宅で起きていた。夜だというのに,ちょうどテレビがついていたが,わたしは自分の部屋にいた。
何か起きている。
母がわたしに「今大変なことになっている」と言った。
わたしはわりと冷静にテレビを見に行った。

「今もう一方のビルに……」

キャスターが言う。
うそ。あの中(ビルと飛行機と)に大勢人がいるんでしょ?!

しばらくして,ビルは崩れ落ちた。人が,沢山死んだ。これが,テロという行為だと思い知った。

でもそのとき,まさかそれから戦争が始まるとは思ってもいなかった。
以後,テロという言葉が安易に使われ始めるとも思っていなかった。

安保理は2つ決議を採択し,テロを非難した。
そして10月,アメリカ大統領が,宣戦布告の演説を淡々と行う。
国連には「自衛」のための戦争(自衛という言葉を使うには不十分なはずなのだが)として届けた。
人々が支持する,からくりを持った演説。
「テロとの戦い」「テロに屈しない」
負けまいぞ,という思いと,大事な人を失ってやり場のない気持ちを復讐にも似た感覚で「武力行使」に訴えた。
のち,「大量破壊兵器があるから」は,おまけのように付け加えられた。
(※注:テロから宣戦につながった理由:アフガニスタンが9.11テロを行った団体を支援・保護していたという理由)

全部法的根拠のないものだった。
「テロとの戦い」をしてもいいという理由もなく,
「大量破壊兵器」もなく,
仮にそれがあったとしても,戦争を仕掛けていいという理由もなく。
でも,感情で判断した人々はそれにつき従った。
わたしの住む国の政府も同じ判断をした。これにはほとほとあきれ,涙が出た。

そこから連日,戦闘の様子が画面に映し出される。
死者が数字として読み上げられる。
無機的だ。
武力行使,暴力がもたらす結果は実に無機的なものである。
そしてやはり,
La violence engendre la violence.
暴力は暴力を生むのだ。
(この文はもはや誰が最初に言ったのか分からないくらい使いまわされているので誰の言葉だということは書けません;人間みんなわかってるのにね……。)


今も依然として,根拠のない「テロとの戦い」が「いいこと」のように語られる。例えば:
与謝野氏は6年前の同時テロについて[...中略...]「各国間の協力でテロに断固として闘う意識があの瞬間に芽生えた。インド洋における自衛隊の展開も、そのときに日本人が考えたことの延長線上にある」と強調。自衛隊による給油活動の継続に向け、国民の理解を求めていく考えを示した。
(asahi.comの記事(「鮮明」と「遠い昔」2つの「9・11」で与謝野氏 <http://www.asahi.com/politics/update/0911/TKY200709110480.html>)から)
そしていまだ続く,武力による制圧や衝突。

日本も,あの後から,「自衛とは」「自衛隊とは」「憲法とは」「戦闘とは」「テロへの戦いとは」と一気に駆け上がってきた感がある。具体的に感じられるのは(個人的にだが),防衛庁の防衛省昇格。
国連の弱さが大々的に言われるようになったのもそれ以降だ。


これもあの戦争と同じで,“紙一重”をはらんでいたのだと思う。
この事態を通らなければ,今世界はどうだったか。日本はどうだったか。自分はどうだったか。
いい方向に進んだことも,改革された(よい風にも悪い風にも)ことも,あるとすれば,それがなければなされなかったのか,そう考えることもできるのだ。
少なくとも,世界の抱える問題を浮彫りにし,人々の身近に持ってきたという点では,いいか悪いか抜きに大きな変化のきっかけだっただろう。

人の命が奪われていったから変わったというのではない――個人的には実際そう言いたいが――世界的・政治的・法的・構造的にみてこれだけ色々変わっている。

やはり劇的に変わったとしかいえないだろう。

常に暴力でない手段を探すことが,一番必要であり,暴力を受けても暴力で返さない優しさと強さを人間は発揮しなければならないのではないか。それこそ一番高貴で「強い」決断だといえるのだと思う。


最後に,改めて犠牲になった方々に深く追悼の意を表します。

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《資料》
Security Council Resolution 1368(12 September 2001)
 <http://daccessdds.un.org/doc/UNDOC/GEN/N01/533/82/PDF/N0153382.pdf> (English)
 <http://www.un.org/french/docs/sc/2001/res1368f.pdf> (French)
 ⇒9.11テロの非難決議(2001年9月12日)
Security Council Resolution 1373(28 September 2001)
 <http://daccessdds.un.org/doc/UNDOC/GEN/N01/557/43/PDF/N0155743.pdf>
 ⇒加盟国のテロリストへの援助の禁止(2001年9月28日)
Press Statement on Terrorist Threats by Security Council President
 <http://www.un.org/News/Press/docs/2001/afg152.doc.htm>
 ⇒アメリカがアフガニスタンに宣戦する公式の事由(4段落目)

今年,西暦2007年は,2001年とも曜日が一緒なので(因みに1945年とも一緒です),少しイメージしやすいかもしれませんね。


posted: 2007-09-12 07:20
posted by Yuppy at 23:53 | On | Comment(0) | TrackBack(1) | BlogMURA
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Excerpt: 9.11テロ事件から6年が経過しその傷跡は 今でも、アメリカ国民の胸に深く 残っています。 あちこちで追悼集会なども行われたようです。 あのような惨事が二度と起こらないように心から願います。 ..
Weblog: セカンドライフスタイルBlog
Tracked: 2007-09-12 10:38

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